生存戦略模索blog

うつ病、発達障害から退職した元公務員が人生の再構築を模索するブログ

発達障害・うつでも楽に生きるための段階的自己改革計画

 おはようございます、umashikaです。

 

 数日前は街はお正月気分だったのに、もう既に世間はいつもと変わらず仕事モードですね... この週末が3連休なので、ちょうど、お正月休みのリハビリ期間になるのではないでしょうか。

 それにしても、日本のサラリーマンの勤勉さと忍耐強さには敬意を表さずにはいられません。

 そのような生活を送ること6年目にして、早くも脱落した自分のなんと弱いことか。60歳や65歳まで、一生サラリーマンとして勤め上げることは今の自分のキャパシティじゃ、無理なことが自明です。

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 その解決策としては、

  •  少なくとも、日本のサラリーマンが務まるくらいの勤勉さと忍耐力を磨き、鋼の精神を獲得する
  •  サラリーマンをしなくても生きていける道を模索する(だからといって、勤勉さや忍耐力が全く必要ないわけではないが、ある程度自分の裁量である程度の自由さをもって働くことが許されるワークスタイルを確立する)

 の、何れかしかないわけですが、なるべくなら後者の道を歩みたい、というのがこのブログの趣旨ですw

 

 何れにしても、皆様、お体は十分ご自愛下さい。

 

kentaroupeace.hatenablog.com

 

seizons.hatenadiary.jp

楽に生きたい

思考方法を段階的に変化させるアプローチ

 今年は、昨年長く休んだので、体と脳が動かなくなる前に自身を再起動させるべく、既にある程度具体的な予定を立てているのですが、過度の負担が掛かって再度、潰れてしまわないように、自分の性格や特性が引き起こした過去の失敗に学び、段階的な思考改革を行いたいと考えております。

 

 具体的には以下の4点を意識し、実行することです。

 ①ALL or NOTHING思考(0か100か思考)からの脱却

 これまで、私は何か試験だったり仕事だったり、恋愛でもそうですが「これがダメだったら一貫の終わりだ」「ダメだったら切腹しよう」と考え、取り組んでいました。

 結果、ダメだった場合、本当に死ねるわけではないのでw、しばらくの間ショックで廃人になります。これは医者や臨床心理士からも私の改善すべき性格であると、指摘を受けています。

 世の中は「結果が全て」だとこれまで強く意識して生きてきましたので、すぐに改善することは難しいとは思いますが、たとえ結果が出なくても、出来る限りの努力をしたプロセスも愛せるようになりたいと考えています。

 

 ②自分の願望を主張する

 私は、特に仕事の場での話ですが、上司や先輩が言うことに逆らってはいけない。「やれ」という命に対し「NO」は許されないと思っていました。

 また、仕事後の上司からの飲みの誘い、同期との飲み会、プライベートでの友人からの誘い、時間の許す限り全部行くことが正しいと認識していました。

 しかし、自分の体や精神が限界に近い時にまで全て受けていては壊れてしまいます。

 仕事の依頼も、全て「YES」で引き受けていましたが、これも自分のキャパを超えていると感じた場合、素直に他の職員に協力のお願いをしたり、上司に相談するなどすれば良かったと思っています。結局、その時に意地になって全て自分で済まそうとして無理をしたところで潰れてしまっては、私が担当していた仕事を急きょ、他の職員が担当することになってしまい、不測の事態を招いてしまいます。組織に迷惑が掛かるだけならまだしも、税金を遣って仕事をしていましたので、その先には県民の方がいらっしゃいます。

 なので、私はその先にいる顧客(=県民)の目線に立てておらず、顧客の利益を損なっていたと今になっては反省しています。まぁ、そんなこと余裕がある今だから考えられることかもしれませんがw しかし、そのことに気付けたので、次に活かしていきたいと思います。

 

 ③人を信じる(ネガティブ思考からの脱却)

 これは私が私自身のことを信じられないので、結果として人を信じることが出来なくなってしまっていました。どうして自分のことを信じられない者が、他人のことを信じることができるでしょうか。なので、これはまず自分を信じる練習からしなければならないでしょう。

 そのためには、①とも関連してきますが、結果だけでなく努力した過程も認めてあげることや、些細な成功でも自分を褒めてあげることが重要になると思います。

 

 ④自分の特性をむしろ活かす

 この話は、「発達障害やうつは甘え」という考えの人は気分を害するかもしれません。その場合は読み飛ばしてください。

 私はADHDの特性である、「衝動性」によって度々失敗してきました。

 例えば、学業以外のことに専念し過ぎて勝手に大学を辞めたり(親にバレタらマズいと思って着信拒否していたら、親が大阪まで来たw)、100万以上する大きな買い物を学生であるにも関わらずローンを組んで契約をしたり等々。数えたらキリがありませんw

 ただ、これは裏を返せば''フットワーク”が軽いともとれるはずであり、事実、失敗だけでなくこの衝動性が奏功したこともありました。

 学校内で県費留学派遣生募集のポスターを見つけて、応募して選ばれたらパッと行ったこと。一時期、何故か南アフリカという国に興味を持ってしまって、学費を流用して行ってしまったり(これは親に怒られるという不利益も被っていますがw)、大学を中退してもまた、学びたいと思って(この時点で10月)、急いでセンター試験やら私大やら出願して受けなおして、結果としてちゃんと卒業できました。

 

 私の履歴書はグチャグチャですが、一応、それぞれそれを経験したという事実はあります。結構独特の経歴なので、話をすると面白がってくれたり、ストーリー性を備えているともいえます。

 

 この点を強みと捉えることが出来れば、30代にはなりましたが、変わらずフットワークを軽くして、いろんな経験をして見識を深めたいと思っています。

 昨年、動かなかった分、今年は動く年でありたいですね。

 

 なりたい人物像

 家入一真さんのように人に優しく、金城拓真さん・太田英基さんのようフットワークが軽く抜群の行動力で、橋本徹さんのように知に裏付けられた論理性と強さを持ち、DIR EN GREYの京さんのような高い美意識を兼ね備え、坂口恭平さんのように常識に囚わない発想で遊んで暮らすw

 最終的にそんな人生にしたいと夢見ています。

 

 ていうか、妻に楽しい思いをさせてあげたいと思っています。

最後に上の人たちを紹介 

家入 一真(いえいり かずま)

連続起業家。1978年福岡生まれ。中学時代にいじめによる引きこもり、登校拒否を経て中退。画家を目指し油絵を学ぶも、親の交通事故など家庭の事情で断念。22歳でpaperboy&co.を起業。JASDAQ市場最年少で上場する。その後退任し、40社ほどのスタートアップベンチャーへの投資を行いながら、BASEやCAMPFIREの創業、都内で多数のカフェの立ち上げ、現代の駆け込み寺「リバ邸」の立ち上げなどをしている。個人名義でも多数のウェブサービスの立ち上げを行うクリエイターでもある。2014年には東京都知事選にも出馬し5位の得票数を得る。

Amazon.co.jp: 家入 一真:作品一覧、著者略歴

 家入さん自身の経験から、苦しんでいる人に向けて発せられる「死ぬくらいなら逃げろ!」は多くの人に「逃げる」という選択が許されている、ということを教えてくれたと思います。

ieiri.net

 

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●金城 拓真(きんじょう たくま) 

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●金城 拓真 (きんじょう たくま)

1981年、沖縄県生まれ。海外(アフリカ)起業家。
アフリカ8カ国(タンザニアザンビアマダガスカルベナンニジェールブルキナファソコートジボワール・ナイジェリア)で、40社以上の企業経営(金取引、農場経営、不動産、タクシー、運送業、金鉱山運営、ホテル、中国製品の卸売、土地開発など)に携わる。20代にして「年商300億円」を実現した。日本における「アフリカン・ビジネスの第一人者」の一ひとり。 

世界へはみ出す (U25 SURVIVAL MANUAL SERIES) | 金城 拓真, 192 |本 | 通販 | Amazon   

 金城さんは、「日本の大学が難しくて入れないから」という理由で、韓国の日本でいうとこのFランク大に、名前だけ書けば受かるという留学生枠で入学。帰国したら公務員になろうと思っていたらしいですが、公務員試験も受かりそうにないからという理由で、韓国時代に知り合ったアフリカ出身の留学生から、「アフリカは今どんどん成長して豊かになっているから、みんな車が欲しいんだ」という言葉にヒントを得、韓国車輸出ビジネスを開始し、実際にアフリカに行き、あれよあれよという間に日本のアフリカビジネスの第一人者となった方。実は、金城さんが帰国した際に開かれた講演会などにも行っていたのですが、たまたま、職場に金城さんが来たことがあり、一緒に写真を撮ってもらいました。たまに見て、ヤル気を出しますw

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●太田 英基(おおた ひでき)

1985年4月5日生まれ。東北、宮城蔵王の温泉街育ち。
学生時代に起業し、現在は約2年かけて世界一周から帰国。

「世界を舞台に活躍する日本人」の意識の底上げと、「フィリピン留学」や「2カ国留学」、「海外就職」の普及を活動テーマとしている。 

Amazon.co.jp: 太田英基:作品一覧、著者略歴

 太田さんは、大学の先輩。その時に既に株式会社オーシャナイズを立ち上げていて、それが『ただコピ』という、コピーを無料でできる代わりに、裏面が企業の広告になっているという、今や全国の大学に普及したサービスの考案者。当時、ビジコンで優勝した賞金100万円の低資本ではじめ、また、コピー機もリースで、用紙はスポンサー企業が負担するという、正にアイディア勝利の発想に脱帽しまくりでした。その後は自らスポンサーを見つけ、世界一周の旅へ。度から帰国した後に何冊も書籍を刊行しているので、帰国後の事業の方が有名かもしれませんね。

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schoolwith.me

 

 

●坂口 恭平(さかぐち きょうへい)

卒論にて路上生活者の家を建築学的に調査したレポートを発表。それをもとにした写真集『0円ハウス』(2004年)を皮切りに、フィールドワークにもとづく著作を発表。 2013年第2回吉阪隆正賞受賞。 2014年『幻年時代』で第35回熊日出版文化賞受賞。 2014年『徘徊タクシー』で第27回三島由紀夫賞候補。 2016年『家族の哲学』で第57回熊日文学賞受賞。 躁鬱病であることを公言し「自殺者をゼロにする」という目標を掲げ希死念慮に苦しむ人々との対話「新政府いのっちの電話」(090-8106-4666)を続けている。

坂口恭平 - Wikipedia

 建築基準法をの制約を受けない、「トレーラーでゼロ円ハウス」という発想に感銘を受け、その経歴を調べれば調べるほどファンにw

 現在は、独立国家を立ち上げ、初代大統領に就任している。既存の常識に囚われない、働き方を模索し、実証している。働かずに遊んで暮らすがモットー。斬新な発想に刺激を受けます。

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www.0yenhouse.com

 

http://www.cinra.net/uploads/img/interview/in_1404_sukekiyo_l.jpg

 ●京 (DIR EN GREY)

 DIR EN GREYというロックバンドのボーカリスト

 心臓を抉られるような音楽が大好きです。感情のむき出しという感じ。音は激しいですが、聴いていて癒されます。

 

 

 皆さまも、何か自己改革計画を企ててたりしますでしょうか?

 

 今日も最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。

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