生存戦略模索blog

うつ病、発達障害から退職した元公務員が人生の再構築を模索するブログ

これからの時代の生き方についての考察

 こんばんは、umashikaです。

 

 本日からしばらく、妻が身内の不幸で実家に帰省しているので、仕方なく一人でコンビニ弁当を食しました。驚いたことに、コンビニ弁当って本当に不味い。昔は普通に腹が減ったら、コンビニ弁当でも何でも「美味い」と感じていたのですが、一体どういう理由であんなに不味いのか分かりません。大量の保存剤などの薬品に体が拒否反応を示しているのでしょうか。大戸屋にでも行けば良かったと後悔しています。

 

大きな組織への所属が安全だった時代が終わり、個人戦の時代へ

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資本主義 - Wikipedia

 

 本日は自分の頭の中で抽象的に存在している考えを、文章に表して整理しようという試みです。

 

産業革命によって資本家階級と労働者階級が誕生した

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 原始時代、人間は狩猟によって生活をしていました。その後、農耕時代へと移行し、18世紀半ばからイギリスで世界に先駆けて産業革命が起こりました。

 

 産業革命を可能にした要因としては、イギリスが所有していた植民地の存在(イギリスにモノを作るための原材料を供給し、完成した商品を売却する)や資本の蓄積、交通網の発達、技術力の向上、新動力源の開発等の諸条件が整っていたからと考えられています。

 産業革命によって、生産設備や大工場などの大きな資本を持つ資本家と、これまで農民だった者など、何も持たない労働者の階級化が進みました。資本家は、所有するその莫大な資本を持って労働者を雇い、大規模な工場と機械をフル稼働させ、富を拡大させていきました。一方で労働者は、生きるために、ただ「時間」を売って労働に従事し、日々の命をギリギリ繋げるほどの賃金を手にする他ありませんでした。

 そして、今に至る。今では「資本家>投資家>経営者>労働者(サラリーマン)」という関係でしょうか。

 

産業社会、大量生産大量消費社会の終焉

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フォード・モデルT - Wikipedia

 

 現在、行くところまで行った産業社会は行き詰っていしまいました。

 その要因としては、人口が減少局面に入ったことが一つ挙げられるでしょう

 戦後は焼け野原、何もない皆が貧しい時代でした。そこから、資源を持たない日本は、ほとんど持ち前の勤勉さと大量のマンパワーのみによって、イケイケドンドンで世界で類を見ない経済成長を遂げ、有数の豊かな国になりました。しかし、今、戦後頑張ってくれた方々が高齢となり、大量に生産活動から撤退する一方、新たに生産活動に従事しようとする者の人口は少なくなっています。

 

 人口が増えていた社会では、モノは作れば作るほど売れ、皆、今まで所有していなかったテレビや洗濯機などの電化製品を購入し、ただ単に(言い方は悪いですが)バカでも労働力を売りさえすれば会社からは手厚い保護を受け、会社の業績も上がり、給料も上がりました。この段階では、例えば「これまで手洗いでやっていた洗濯を機械でやることができ、時間と労力を節約出来る」という、モノの機能面に対する需要により、モノが購買されていました。

 こうして、日本人は今では当たり前となった様々な家電を揃え、また自動車などを所有するようになり、生活が格段に便利で豊かなものになりました(一億総中流)。

 

 しかし、現在では人口は減少局面に入ってしまいました。昨年末、「2016年に生まれた子供の数が初めて100万人を割った」というニュースは日本人に衝撃を与えました。安倍首相及び内閣は、「出生率1.8への回復と人口1億人維持」を掲げているらしいですが、増加し続ける社会保障費への解決策も見いだせず、若者への投資も実施しないのに、ここから人口維持なんてことは到底無理で画餅に帰すことは火を見るより明らかですw

 人口が減るということは、もちろん需要「モノを売る相手」が減るということであり、日本国内の市場はますます縮小していきます。

 

 さらに、現在の日本人は必要なモノは全て揃っています。家電も全てあるし、皆スマホやパソコンを所有しているし、車は買えない人でも、電車やバスなどの交通インフラが隅々まで発達しています。服もユニクロや紳士服チェーンの成長で昔と比較して圧倒的に安価で良質なものが手に入ります。このように、現在の成熟した社会においては人々はこれ以上新たに「モノの機能面」に着目して消費しようとしません。

 

 未だマスメディアが絶大な力を持ち、情報の非対称性が顕著だった少し前までであれば、人工的に流行を作り出し、広告によって「これを持っていなきゃダサい、モテない、ヤバい」などと人々の恐怖を煽り消費を促したり、計画的陳腐化によりモデルチェンジのサイクルを短期化して本来必要のない、ほとんど意味のない高性能化したモノの購入を促すという手法が通用したかもしれません。

 しかしながら、残念なことにインターネットの普及で情報はフラット化し、メディアを操って人々を洗脳することも難しくなってしまいました。

 それに加え、人々の価値観が多様化し、人と同じモノを欲しがるということが少なくなったので、大量生産大量消費の産業集約経済はもはや成り立たなくなってしまいました。

 

情報革命により個人のビジネスへの参入障壁が低下

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 インターネットの普及は、あっという間にこれまでの常識を変えてしまいました。

 これまでは、大企業、大組織、既得権益を握っている側に属することができれば、自分の価値以上のリターンを得ることも簡単でした。特に公務員なんかはその典型例でしょう。

 なぜなら、大企業は下請け企業を搾取し、労働力を搾取し、さらには規模の経済のメリットをフルに発揮し、また新規参入しようとする者には圧力をかけ、その地位を守ってきました。また、公務員は住民から血税を強制的に徴収し、市場価値より高い給料を得ています(様々な事業を民営化したらコストが莫大に下がったことにより証明されている、例:ゴミ収集に従事する労働者に年間700万円を払いますか?w)。

 

 これまで、どんなに個人の能力が高くても、直接的にその能力を顧客に評価してもらう場が用意されていなかったために、多くの個人は組織に属し、その労働力を組織に売り、ピンハネされることなしには、対価を得ることが難しい仕組みでした。既得権益側は、存続が容易でした。

 

 しかし、インターネットが普及したことにより、個人が直接的に市場にアクセスし、モノやサービス、能力を顧客に売却することが可能となりました(例:インターネットオークション、クラウドソーシング、クラウドファンディング、個人メディアの運営等)。

 これは、個人の能力さえあれば、なんら大企業、大組織に所属しなくても、個人がダイレクトに全国の需要にアクセスし、市場により評価された適正価格で商売をすることが可能となったことを意味します。

 

 こんなこと、つい15年ほど前までは考えられなかったことじゃないでしょうか?

 

 これからは、ますますこの傾向が加速していくと予測しますし、よって個人戦が激化していくことになると想像します。

 そして、この変化に適応できない、若しくは適応しようとしない者は淘汰されることになると考えます。単純労働の市場価値は暴落するからです。

 

私自身、今後の変化が怖い

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http://journal.jp.fujitsu.com/2015/12/02/01/

 

 私は、正直今の急激な社会、価値の変化が怖いです。

 今まで以上に変化に適応する努力をしていかなければなりません。

 ただ、この不可逆な流れには逆らえそうもないので、その努力はしていこうとは思います。

 それに、従来、過大評価・過小評価されていたことが適正に評価される社会は歓迎します。マクロ的にみたら多くの不経済を生んでいた(生んでいる)と思うからです。

 

 しかし、完全にパラダイムシフトが完了した後も、変化に対応出来なかった人(私もその可能性大)を「自己責任」で切り捨てる社会も冷酷に過ぎると考えます。

 おそらくそういった中流から下流に転落する人は増加するでしょうから、そのセーフティネットをどうするか、という議論も真剣していかなければならないでしょう。

 

 本日も最後までお読み下さり、ありがとうございました。 

 

 

 

 

   

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